July 2009
マネージャは1時間単位で作業を区切ることが多い。ミーティングも1時間単位で設定する。
一方、クリエータは半日単位で作業を区切る。したがって午後3時~4時にミーティングをいれられるともう午後いっぱい台無しになる。
マネージャもクリエータもその違いを理解すべきだ。
両者がミーティングを設定する場合、クリエーターの連続した作業時間が最大化されるように設定すべき。もしくはそれによる損失を十分に理解したうえでミーティングを設定すべき。” —マネジャーのスケジュール、クリエーターのスケジュール - IDEA*IDEA ~ 百式管理人のライフハックブログ ~ (via deli-hell-me) (via yaruo) (via otsune) (via gkojax) (via yangoku)
・4歳児
・読める文字はひらがな、カタカナ、アルファベット(大文字)
・クリック、ダブルクリックは習得済み
●自分に関係あるものか、そうでないものか見極める(決め付ける)のが早い。
●自分に関係ないと判断したものには見向きもしない。
●たとえ簡単な文章でも長文は読まない(読めない)。
●同じくらいの量のテキストでも画像化された文字は読むが普通のテキストは読まなかったりする。
●フラッシュ、音、動くもの全般が好き。
●クリックできる場所の先入観がまだないので自分で探しまくる。いくらでもクリックしながら探しまくる。
●テキストリンクよりも画像リンクが好き。
●ネットの常識を知らないのでリンクテキストがどの部分か把握しきれてない感じ。
●プログレスバーが表示されていれば何分でも待つ。固まっていても知らずに待ち続ける。
●メタファーが好き(本をめくる、大きなボタンを押したい)。
●広告とコンテンツの区別が付いてないので、にぎやかな広告バナー、色が多く使われているバナーをクリックしやすい。
●『広告』『PR』とか入ってても関係なし。コンテンツの一部だと思っている。
●知ってるキャラクター > 好みのキャラクター(色・形) > 動かないイラスト > テキスト
●あまりスクロールしない。ページ上部で勝負する。
●フルスクリーンが好き。
●ブラウザの「戻る」はあまり使わない。” —
RED LINE:こどものいんたーねっとそうさ - livedoor Blog(ブログ)
—
via http://minamiwo.tumblr.com/post/12114488
最初の5行読んでどこのVIPPERかと思った
【ヒーロー(英雄)】
まず、「ヒーロー」と言う役割があります。こういう親の子だからこそ、凄いヒーローが生まれる。昔流行った漫画で、「巨人の星」というのがありましたが、あそこに出てくる星飛雄馬というのは、この種のヒーローです。
野球に限らない。歌手でも俳優でも良い。とにかく世間に評価される子どもがその家族から出ると、その子のさらなる活躍に熱中して、両親の冷たい関係が一時良くなったりする。そうなると子どものほうでもいっそう頑張ろうという事になるから、ますます一芸にひいでるということになるわけです。
【スケープゴート(犠牲の山羊)】
ヒーローの丁度裏返しにあるのが「スケープゴート」です。一家の中の駄目を全て背負うような子どもです。とにかく、この子さえいなければ全て丸く収まるのではないかという幻想を他の家族メンバーに抱かせる事によって、家族の真の崩壊を防いでいるような存在です。
病気するといえばこの子、怪我をするといえばこの子、学校に呼び出されるといえば子のこのいたずらや乱暴のため、近所のこの親が怒鳴り込んでくると思えばこの子が原因、全てこの子。
以前、女子高校生のコンクリート詰め殺人事件と医のがありました。その事件の舞台になった家の少年も、このタイプだったと思います。あの家の長男と次男とがちょうどヒーローとスケープゴートの役割を典型的に演じていたように思うのです。
当時、ヒーローの方は予備校生だったのですが、お母さんとしては彼のことを傷つけたくないという一心で、スケープゴートのほうの事件に無関心を装っていたという事があるようです。非行、シンナー乱用から精神病まで、スケープゴートは忙しいのです。
【ロスト・ワン(居ない子)】
ヒーローやスケープゴートのようには目立たないで、「いない子」という存在の仕方をしている子ども達もいます。「壁のシミ」とも呼ばれます。とにかく静かでも字通り「忘れ去られた子ども」です。家族がいっしょに何かやろうという時にもいない。はじめのうちいたかと思っても、ふっとどこかへ行ってしまう。そしていなくなったことも気付かれないという存在です。こうした形で家族内の人間関係を離れ、自分の心が傷つく事をまのがれようとしているのです。
子どもも中学生くらいになりますと、いろいろ学校の用事ができて、この種の「いないという居方」にも熟練してきます。
【プラケーター(慰め役の子)】
慰め役の子が慰めるのは、一家の中でいつも暗い顔をして、ため息をついている親、多くの場合は母親です。夫の飲酒や暴力の事で頭が一杯になっている母親の肩に手を置いて「どうしたの?」と優しく尋ねる子ですので、私は「小さいカウンセラー」と呼んでいます。多くの場合、末っ子です。
【クラン(道化役の子)】
慰め役の亜種として「道化役の子」がいます。例えば親達の間に言い合いが始まって家族の中に緊張が走るような時、突然とんちんかんな質問を浴びせたり、歌いだしたり踊りだしたりしはじめる子です。
この子は普段から一家の中のペットにされていて、自分でもそれを楽しんでるように見えます。しかし道化の仮面の下の顔は寂しいものです。
【イネイブラー(支え役の子)】
支え役の子は小さい時から、他人の世話を焼いてくるくる働きまわっています。「偽親」とも呼ばれ、子ども達の中の一番上の子がこの役につくことが多いのですが、長男がヒーローやスケープゴートをやって忙しいと、その下の長女などがこの役につくこともあります。母親に代わって幼い弟妹の面倒を見ることもしますし、駄目なお父さんの役割を補完して父親代わりもします。
男の子がこの役について、依存的な母親との間に「まるで夫婦のような」関係が出来ていることもあります。これがいわゆる情緒的近親姦です。母親が欠けていたり、無能力だったりして女の子がこの役についている場合には、もっと深刻な事態が発生します。この場合「まるで夫婦のような」関係は、父親による性虐待を招く事があるからです。このへんが男と女の性行動の違いで、母親と息子との性関係は実際には殆ど生じませんが、男親は娘を性的対象にする事があるのです。
どちらも浮かんだ曲を記録するシステムを搭載してないのも共通している。” —新ラ :理論まったくわからないけど作曲してるやつのスレ - livedoor Blog (via oiteke) (via petapeta) (via over16dayone) (via yasunao) (via fuu1010) (via gkojax) (via yangoku)
GEISAI大学、2回目は森川嘉一郎。
メモしたことをメモします。
内容の正誤についてはいっさい責任持ちませんよ!
いそいでメモしてたり、自分の脳内補完してるところが多々あるんで、
ここに書いてある内容が実際の発言とすべて合っているとは限りませんよ!
□
日本の美術教育の偏りについて
・フレーベル
→キンダーガーデン=幼稚園という言葉を作った人。幼児教育の祖。知育玩具を作った。子供に対しての情操教育を発案。
・バウハウス
→美術の歴史をおさらいしたうえで、新しいものを創造させる方法
(※ちょっと遅刻してこのあたりは聞き逃した部分もあるんで不正確かもしれんです)
・フレーベルとバウハウス、このふたつを奇妙なミックスをして日本の美術教育は成り立っている。
・「美術の教育」をするのではなく→「美術を通した情操教育」をおこなうのが日本の美術教育
→美術は目的ではなく、情操教育のための手段
→美術は主要なものとしてみなされていない
・義務教育でよくあるパターン
〈授業で絵を描かせる〉 → 〈生徒が漫画やアニメっぽい絵を描く〉 → 〈その絵を教師は評価しない〉 → 〈なぜか?〉 →
〈教師曰く「それは誰かの絵でしょう?」〉 → 〈つまり模倣はよくない、という論理〉 →
〈見えたまま、感じたままが正しい〉
・義務教育で評価される絵は、様々な色を使った絵。単調ではない色使いをすると先生が納得する。ガラスをただ水色に塗ったら、または肌をはだいろで塗ったら教師は評価しない。
・つまり、「印象派風」の絵を評価している
・それは、印象派が先端だった時代に日本で美術教育の基礎ができたことと関係ある(?)
□
海外の美術教育はどうなっているか
・日本の美術の教科書→薄い/自己の発見云々と書かれている/図版大きい、多い
・ヨーロッパの教科書→厚い/歴史的に書かれている/文字が多い
・ヨーロッパの美術の授業は「様々な画家を模倣した絵を描く」ことと「その絵が描かれた時代背景を言葉で説明する」こと。
・ヨーロッパの美術教育は「ボザール」とそのアンチである「バウハウス」を両輪としておこなわれている。
・日本の美術教育の危うさとしては「なぜ美しいのか」ということについて盲目的になること。
・本来「美しい」とはその時代の政治的、歴史的背景が関係している。
・内発的なものを信じすぎると、だれかが印象操作していることに気がつかない。
□
ヨーロッパの美術史について
・美術史はふつう古代ギリシャから始まるが、その歴史自体偽物といえる
(※この言葉の真意は不明)
・パルテノン神殿→もともと木材でできていたものを模倣したもの
(※ソースは不明。本当に?!)
・ヨーロッパの建築は過去の美を雪だるま式に積み上げて成り立っている
・ロールスロイスのグリルもパルテノン神殿がイメージされている
・15世紀までの価値観
自由市民 →リベラルアーツ、詩、音楽、天文学ーー知能、頭脳を使う仕事ー学芸(ART)
奴隷 →労働技術ーー技能ー技術(CRAFT)
→詩や音楽は高級。絵画、彫刻、建築など肉体を使う仕事は低級。という価値観。
→言い換えるならば「理論と抽象」を扱うことが高級で、「具象」は低級という価値観。
→ここで表出されている価値観はいまでも根深くある
→こうした考えが美術を生む大きな原動力にもなっている
・15世紀以降(ルネサンス以降)
→理論を注入することによって美術は地位の上昇を計った。
→理論とは、幾何学、解剖学、遠近法などのこと。ダヴィンチなど。
・18世紀(ロマン主義)
→産業革命、市民革命という時代背景
→応用芸術(デザイン)という分野が生まれる
・それまでの「芸術」と「技術」が、「純粋芸術」「応用芸術」「技術」に分かれる。
・技術=職人、応用芸術=デザイナー、純粋芸術=天才・芸術家。
・「新しいものをつくるのが美術」という価値観はここで生まれた。(それまでは模倣が主であった)
・市民革命
→王侯貴族は悪である
→古いものは間違っている、新しいものこそ正しいという価値観
・さらにダーウィンの進化論も「新しいものこそ正しい」という価値観を後押しした
(ダーウィンが「種の起原」で提唱した「人間の祖先はアダムとイヴではなく、皆同じサルから進化した」という説は西洋人にとってアイデンティティクライシスだった。
そこで、サルより人間のほうがあとにでてきた、つまりサルより人間のほうが優れているという理屈で納得しようとした。こういう背景も、「新しいものこそ正しい」という価値観を後押しした)
□
・近代
ハイアート(高級=創造的=新しい)
デザイン、ローアート(低級=模倣的=古い)
・グッドデザインといわれるものも、前衛芸術の模倣であった。
(例えばモンドリアンの絵画を元にしたリートフェルトのチェア。)
・前衛芸術をデザインに取り入れる→バウハウスの根本的理念
・ちょっと昔からイメージソースを持ってくるとキッチュになる
・だから、美術とはかけ離れた世界から転用する
・ローアートをハイアートに転用したのはゴーギャン(タヒチ)、ピカソ(アフリカ)。
・なぜ村上隆のアートにオタクは怒るのか?それは直感的にオタクは自分たちが「土人」扱
いされていることに気がついてるんじゃないでしょうか。
□
現代
・「ローアート→ハイアート→デザイン」というサイクルではなく「ローアート→デザイン」
というように、ローアートがいきなりデザインに使用されるようになってきた
(たとえば、アイデアの表紙をよつばが飾ったように)
・キャラクターというのは過去の模倣である
・バウハウス流の美術教育ではキャラクターは扱えない
・キャラクターは美大芸大では教えられていない
・キャラクターを使った教育メソッドは確立されていない
・お台場のガンダムは現代の仏像になっている
・今度、肩にオリンピック招致のマークがつけられることになった。権力に使用されるところ
も仏像にそっくりだ。
・お台場は都市博の墓場
□
秋葉原の二重構造
・雑多なビルの背後に、モダンなビルが建ち並ぶ
・どちらのビルを美しいと思うのか、どちらが好きなのかを自問自答すると内在的な価値観が
みえてくる
・キレイなビル(世界中どこにでもある場所)、舶来主義
・アキバの雑多なビル(世界でここしかない場所)
→アニメキャラがスカイラインを飾るのは世界でここだけ
□
宮崎アニメと世間の評価
クラリス(79)・ナウシカ(84)・シータ(86)
通称:姫御三家
性格も見かけも理想化されている
↓
当時のおたくの「宮崎は姫しか描けないのか」という揶揄
↓
サツキ、メイ(88)
キキ(89)
・
・
・
宮崎アニメはヒロインがブサイクになれば評価(賞)がついてくる
=オタク性の払拭
84年は「風の谷のナウシカ」と「うる星やつら」が公開された年
ヒロインの描き方としてナウシカの延長線上にいるのが千尋(千と千尋)や、草薙素子(攻殻機動隊)
ラムちゃんの延長上にいまの萌えアニメの絵がある
□
文化庁メディア芸術祭
→キャラクターを排除した作風の作品が受賞している
黒田硫黄の漫画の大友克洋の推薦文「黒田硫黄氏はキャラクターやエロに隷属された漫画界に
あって、真にセンス・オブ・ワンダーを持った作家である」
→漫画界のなかでも価値観が分離している
□
・いまの日本の美の価値観はどのようにして作り上げられたのか
→ブルーノタウトの存在
・当時の日本の建築様式
→帝冠様式と近代様式(モダンスタイル)
→近代様式推進派がブルーノタウトを日本に招待
・ブルーノタウト
→日光東照宮は「いかもの」として美しくないと評価した
→桂離宮は「ほんもの」として美しいと評価した
・近代様式推進派「ドイツ人のタウトも美しいと言っている。構築的なものこそ美しいんだ」
ある意味でタウトは利用された
・タウト以降の美の基準は桂離宮。しかし、タウト以前の美の基準は日光東照宮。
それ以前の万国博覧会では、日本から出品されていた工芸品は、日光東照宮タイプの装飾的で
カラフルなもの
□
おわりに
・モダン→上品 アキバ的→下品
・外人(ブルーノタウト)を利用して価値観をコロッと変えたということは、またしてもコロッと変わることもあり得る。
・アニメの政治的利用
・政治に近い場所にアニメが使われる
→国交省の例
・これからは今までのバウハウス的な価値観が通じなくなることもある
・オタクは市民権の得られない方向に向かう習性がある。自ら作りだす。
” —モッ鳥 (via umelabo) (via jinon) (via creap) (via ssbt)2009年04月04日 【調査】 自殺者数、08年は3万2249人。10月だけで3000人…警察庁
http://milfled.seesaa.net/article/116705783.html
40 :名無しさん@九周年: 2009/04/02(木) 10:43:31 2YXybiNf0
日本では警察が死因究明の検死解剖ができるのは約5000人だけ。日本では年間10万人が変死扱いで死んでるけど、これが病気なのか殺人なのか自殺なのかは解らずじまい。自殺者3万人のデータは検死の結果じゃなく、遺書がある場合、回りの人間に自殺宣告して死んだ人のみのカウントだから、衝動自殺とか誰にも何も言わないで自殺はカウントされない。
86 :名無しさん@九周年: 2009/04/02(木) 11:55:47 /9QCDaVM0
世間体とか生命保険のこととか考慮されて、自殺って認定されないのも含めたら、3万どころじゃないって話だな。
104 :名無しさん@九周年: 2009/04/02(木) 12:17:50 8eaYEPkJ0
嘘付け。 3万人はじめて越えた時に、それをネタに野党に攻撃されて、自民党が選挙で大敗したんだよ。 そして橋本政権退陣してる。
それ以降、キッチリ3万2000人前後で数字が変わらない。 それ以前は、毎年結構な比率で変動してたのにそんな訳あるかっての。警察が統計イジってんだよ。 実際はもっと多くなってる。
141 :名無しさん@九周年: 2009/04/02(木) 12:56:58 8eaYEPkJ0
ああ、変死者数は平成9年に9万人、平成15年に15万人とか、こっちは大変動してるんだね。で、自殺者はキッチリ32000人前後か。 やっぱりおかしいわ。
http://ssri-ike.at.webry.info/200811/article_123.html
同じ疑問感じてる人はいるわけだ? 統計とか見慣れていれば、ここ10年の自殺者数の変動の無さっぷりが作為的であることなど一目瞭然だもんな。
” —2009-07-17 - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記 (via yellowblog) (via msnr) (via noboko) (via jinon) (via oiteke) (via uncate) (via nosouth) (via ssbt)